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避難
- 2011/03/21 (Mon) |
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ここにある施設がある。
98%の入所者が車椅子に乗らないと移動できない。
そのうち70%は車椅子に移るのでさえ介助がないと移れない。
さらにそのうち10%は身体中が板のように固まっており、ベッド並みの面積がある車椅子でないと移れない。
全員のうち70%は認知症だ。
計画停電でさえ、「意地悪しないで明かりをつけて」と徘徊しまくる。
さて、夜中に地震が起きたとする。
3人しかいない職員はどうやって避難誘導をするのか。
施設内は物が倒れ、停電で真っ暗。足の踏み場もない。
エレベーターは止まり、非常口は2方向の廊下の突き当たり。廊下は歩けるほどの幅しか確保できない。そうこうしているうちに余震が絶え間なく起こる。
部屋はタンスが倒れ、物が散乱している。
防災グッズを背負って、職員1がやっと非常口に着き、ドアを開けられた。急な角度のスロープ。
幅は人ひとり分。
職員1は先にスロープを下り、下りてくる入所者を受けとめようと考えた。
そしてかろうじて靴をはけた歩ける入所者をふたり、スロープを下らせた。
あとは車椅子だ。
もう一方の非常口は開かなかった。
職員2と職員3は2方向に散り、各部屋の入所者を確認しようとした。
懐中電灯で照らすも、物ばかりで見えない。声をかけるとうめき声だけ。
ある部屋ではひとりがタンスの下敷きになっていた。ひとりは慌ててベッドから滑り落ち、骨折している。あとのふたりはかろうじてベッド上にいたが、タンスが倒れかかっていた。
職員2はベッド上にいたふたりを掛け布団でくるみ、引きずりおろした。どこかで骨折したような鈍い音がし、ギャー!!と叫ぶ。痛さゆえに暴れる。
たったひと部屋でこれだ。床に下ろしても、物だらけで引きずってはいかれない。
職員2は手を離し、次の部屋へ向かう。
同じ惨状が何部屋も続き、職員2は絶望した。
この瓦礫の向こうにまだ生きているのに、自分ひとりでは助けだせない。
別方向の職員3も同じ絶望を味わっていた。
「駄目だ、ひとりじゃ誰も助けられないよ」
「せめて、非常口に近い人なら引きずって行かれるかも」
ふたりで非常口に向かう。
非常口に近い部屋は、カチカチに固まった寝たきりだらけだ。職員ふたりで抱えなければ動かせない。そして、そのスペースはなかった。
「この部屋は駄目だ」
次の部屋ではふたり、何とか助けだせそうだった。
ひとりは温厚な人柄であり、もうひとりはたびたび周りに喧嘩を吹っ掛ける意地悪ババァだ。比較的すぐに助けられるのは温厚な方だ。
職員2,3とも暗黙の了解で温厚な方を助けにかかった。
「ちょっと、こっちを先に出してよ」
意地悪ババァが意識を取り戻し、叫ぶ。職員はふたりとも無視し、黙々と作業を続けて助けだした。その弾みでタンスが傾き、意地悪ババァは足を挟まれた。
「出してよ!そっち終わったんでしょ!」
ヒステリーな声に職員2はちらっと見て「無理」と言い捨て、部屋を出た。
どれほどの時間がたったことか。疲労困憊で職員は座り込んだ。非常口から下ろせたのは20人ほど。職員1は下で下ろされた人を懸命になだめようとしている。
「ねーヘルパーさん、トイレ」
「すぐにトイレのあるところに移れるからね」
車椅子対応の入所者は地面に横たわっている。座れないからだ。
「トイレ行きたいよ」
「漏れちまうよ」
「オムツしているから、その中にして」
職員1は上司に現状を報告しようとしたが、なかなかつながらなかった。あちこちで混線しているのだろう。
やっとつながり、報告をする。
「職員2はすでに肩を脱臼しており、3の手は傷が多く血まみれです。これ以上の救助は、私たちだけではできません。下ろせたのは20人で、あとの方はタンスの下敷きになったり、瓦礫に埋もれてしまっていました。助けた方も狭いスペースで下ろしたので、何人か骨折しています」
職員2,3はスロープの上にいた。。
「もう、私たちだけじゃできないよ」
「でも、ここを離れたら放棄した、殺したって言われるよ」
「じゃあ、どうするの」
職員1はスロープの上のふたりを見上げた。
「職員2,3がまだ下りてきません」
「・・・・・・」
上司は黙っていたが、低い声で退避の指示を出した。
「職員2,3、下りなさい」
ふたりは顔を見合わせ、もう一度施設内を振り返った。そしてスロープを降りた途端、余震。
スロープが傾いてしまった。
一瞬遅ければ、職員も落下し重傷を負っていたはずだった。
長い夜が明けようとしていた。
あたりには排泄物の臭いが立ち込めている。長時間換えられなかったため、オムツからはみ出してきて、くるんでいた掛け布団を汚した。興奮しすぎて嘔吐している者もいる。
その後現場で捜索が行われたが、全員死亡していた。あの喧嘩を吹っ掛ける糞ババァも死んだ。
瓦礫の中から助けられたのは20人。
預けっぱなしでろくに面会に来ず、利用料の滞納さえしている家族こそが色々文句を言ってきた。
「わざと見殺しにしたんじゃないですか。うちのおばあちゃんは人様に迷惑をかけるようなことはしていないのに」
「うちのおばあちゃんは非常口に一番近い部屋にいたんですよね。なぜ助けなかったんですか」
「当日の夜勤職員を教えてください。何をしていたんですか」
消防と警察が現場を検証した。この惨状の中20人もよく助けられたと驚いていた。
文句を言う家族に対し、施設長は毅然とした態度をとり続けてくれた。
後日、災害前は一番のクレーマーだった、あの糞ババァの息子が施設を訪れた。
いつも暗い顔で面会に来れば親子喧嘩をしていった息子。
「このたびは、母がいつも大変迷惑をかけて申し訳ありませんでした。同室の方から話を聞きました。最後の最後まで人をののしっていたようですね。僕は天罰だと思っています。こんな気持ちにしかなれないのは、息子としてはあるまじき姿なんでしょうけど。でも、不謹慎ですが、清々しました。ありがとう・・は変ですね、お世話になりました」
さっぱりとした明るい表情だった。
職員1,2,3はその後すぐに退職した。助けられなかった自分を責め、しばし通院加療が必要になった。
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実際、どうなんでしょうね。
被害個所もあるけれど、あらかじめ手順を決めておいた方が職員も判断できるのではないでしょうか。
助かる見込みの薄い人を助けようとしている間に、助かる確率の高い人が死んでしまうようなこと。
あってはならないことです。
見切りをつけるのも難しいですけどね。